2010年10月17日

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき



彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』は、
ドイツのルター派牧師であり
反ナチス行動で知られるマルティン・ニーメラーによる詩。

・・・らしい。


日本語で引用されているバージョン

ナチ党が共産主義を攻撃したとき、
私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。

ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。
私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。

ついで学校が、
新聞が、
ユダヤ人等々が攻撃された。
私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。

ナチ党はついに教会を攻撃した。
私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。


1976年バージョン

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私は共産主義者ではなかったから。

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった、
私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私は労働組合員ではなかったから。

彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった、
私はユダヤ人などではなかったから。

そして、彼らが私を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。



私がこれをシナ風味に書き換えて見ましょう・・・。

彼らが南モンゴルを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私はそこには住んでいないし、自分には関係ないと思っていたから。

彼らがウイグルを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私はそこには住んでいないし、自分には関係ないと思っていたから。

彼らがチベットを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私はそこには住んでいないし、自分には関係ないと思っていたから。

彼らが尖閣を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私はそこには住んでいないし、自分には関係ないと思っていたから。

彼らが沖縄を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私はそこには住んでいないし、自分には関係ないと思っていたから。

彼らが九州を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私はそこには住んでいないし、自分には関係ないと思っていたから。

彼らが四国を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私はそこには住んでいないし、自分には関係ないと思っていたから。

彼らが本州を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私はそこには住んでいないし、自分には関係ないと思っていたから。

そして、彼らが北海道と北海道に住む私の家と家族を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。

・・・これが現実にならない事を祈ります。



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posted by azu2_ at 14:12| Comment(0) | TrackBack(1) | ぼやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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